ポルトガル日本語教育セミナー 2016年10月報告

ポルトガル日本語教育セミナー報告

セミナーの様子
セミナーの様子

日時: 2016年10月2日(日曜日)13:00-16:45

会場: ミーニョ大学(ブラガ)

ポルトガルでは「リスボンは楽しみ、コインブラは学び、ポルトは働き、そしてブラガは祈る町である。」と言われているそうです。謂れの通りブラガはポルトガルの信仰を支える町で、大聖堂や教会が点在し、教会から鳴り響く鐘の音が幾重にもなって、不思議なハーモニーを醸し出していました。そんな町の人々が早朝からミサに集う日曜日、ポルトガルの先生方がミーニョ大学に集まって、日本語セミナーが開催されました。参加者は14名、セミナー準備に奔走されたブラガの柳沼先生を始め、リスボン、ポルト、コインブラ、アヴェイロ、そしてスペインから古屋先生、鈴木が参加しました。セミナーの講師はもちろん我らが近藤裕美子先生です。また、オブザーバーとしてポルトガル大使館文化担当の小長谷さんもいらっしゃいました。

第一部を鈴木が第二部を古屋さんが報告します。

 

第一部: 参加還元報告

1.『まるごと』ネットワーク会議 6月25日(土曜日)15:00-18:00 マドリッド

はじめに『まるごと』ネットワーク会議に参加された甘粕啓子先生(ポルト)、伊丹弘子先生(リスボン)からの報告。この会議は『まるごと』ユーザーの先生方の交流、意見交換を目的とした日本語教育ネットワーク会議でしたが、お二人の参加理由については、「使用に迷い、他の先生がどのように使っているか知りたかった。」(甘粕さん)「どんな学習者を対象にしているのか?漢字や文法はどうやって教えているのか?などの疑問から。」(伊丹さん)が参加の動機になっていました。テーマ別ディスカッションでは『まるごと』の「使用方法」「レベル」「課題」「情報」という4つのテーマに関心のある人同士が集まり、情報交換や問題提起がなされたようです。参加後の感想としては、「不安や問題を抱えているのは自分ひとりではないということがわかり、色々な先生と情報を共有し、問題点を話すということが一番の収穫だった」と話していました。そこから自分のできる次のステップに進みたいと言うことで、甘粕さんは11月5日に行われるポルト大学セミナーの参加呼びかけをしていました。

左:甘粕啓子先生、右:伊丹弘子先生
左:甘粕啓子先生、右:伊丹弘子先生
『まるごと』関連リソース

1.コースブック

http://marugotonihongo.jp/introduction/

*2016年10月現在,入門A1,初級1A2,初級2A2,初中級A2/B1,中級B1の5レベルが発売されています。

2.文法解説書(スペイン語)

http://www.fundacionjapon.es/LenguaDetalle.sca?leng_id=27&id=11

*スペインで作成された「まるごと」シリーズに準拠した文法解説書。スペイン語版と日本語版があります。

3.Marugoto +(英語、スペイン語)

http://www.marugotoweb.jp

*現在のところ入門A1,初級1A2だけですが,「ドラマでチャレンジ」を使った会話練習や「Life &culture」で日本の生活や文化についての情報を提供したりなど,授業内で,自宅学習で,いろいろ使えます。

2.2016年度アルザス欧州日本語教師研修会  7月4-5日 フランス  欧州日本学研究所

コインブラから参加された新里文野先生と辻井さとみ先生の報告。参加者14名。日本語教師だけではなく、研究者、ビジネスパーソン、学生と様々な人の参加が今回のアルザス研修の特徴だったようです。テーマは『グローバル時代の人材育成とビジネスコミュニケーション教育』。講師の近藤彩先生(麗澤大学大学院)、金孝卿先生(大阪大学国際ビジネスコミュニケーション)より、まずビジネスコミュニケーションで求められていることは何かと言う問題提起がなされました。ビジネス日本語教育の現状としては、日本語を学習してから職務に就くというのが従来の教育でしたが、日本語は上手だが仕事はできない、という場合や、現場でのコミュニケーション不足や摩擦など問題が多く、企業が求めている能力を身につけるために、職務遂行のプロセス、働きながら日本語を学ぶ必要性を述べています。その能力とは・課題達成能力・問題解決能力・異文化理解能力で、この三つを通して「協働力」が求められます。課題を達成するプロセスを学ぶ一つの方法として、「SWOT (Strength, Weakness, Opportunity, Threat) 分析」が紹介されました。これは、組織や製品の強み、弱み、機会、脅威を把握するための分析方法で、企業が戦略やプランニングのために内部環境と外部環境を統合的に分析する方法です。辻井さんたちは、SWOT分析のミニ体験として、スターバックスの強み、弱み、機会、脅威を分析したそうです。行動中心主義に基づいて、課題達成プロセスで日本語を学ぶことにより、討論しながら解決方法を導き出し、内省することで、それが即戦力、仕事ができる人の育成につながります。研修後の課題を継続で行っていると言う二人の感想は、「日本人の『当たり前』は通用しない。日本人も変わる必要がある。」(新里さん)「ケース教材の応用(初級、中級)の可能性。ビジネスコミュニケーションでの非言語情報、オノマトペ理解の重要性」(辻井さん)をそれぞれ挙げていました。

 

参考文献

1.近藤彩・金孝卿・ムグダ ヤルディー・福永由佳・池田玲子(2013)

『ビジネスコミュニケーションのためのケース学習 職場のダイバーシティで学び合う【教材編】』ココ出版

2.近藤彩(編) 近藤彩・金孝卿・池田玲子(2015)

『ビジネスコミュニケーションのためのケース学習 職場のダイバーシティで学び合う【解説編】』ココ出版

参考サイト

1.ケース集ダウンロードサイト

https://sites.google.com/site/nihongomcjp/home/kenshuu/autre/alsace

*アルザス研修のケース集のダウンロードができるサイトです。過去のアルザス研修、応募方法などについても記されています。

2.ビジネスコミュニケーション研究所

http://businessprocesscommunication.jimdo.com/

*講師、近藤彩先生の研究所のサイトです。研究事業、トレーニングプログラムなど について知ることができます。

 

鈴木裕子(マドリッド)

 

第二部:日本語教育セミナー「聞くこと」を教える

 

今年5月のマドリード巡回セミナーでも取り上げられた「聴解指導」。今回はポルトガルの古都ブラガ郊外のミーニョ大学で行われた日本語教育セミナーに同席させていただき、現地の日本語教育の場で活躍中の先生がたと一緒に「聞くこと」を考えてみました。

近藤先生
近藤先生

まずはウォーミングアップ。授業中の聴解活動について考え、日常生活の中で行っているさまざまな「聞く」活動を振りかえってみました。次に、外国語話者の立場にいるときの私たちのさまざまな聴解活動をCEFRとJLPTの課題遂行能力レベルで評価してみて、日常における聴解活動が初級話者から熟練者レベルにわたって実に幅広く展開していることを確認しました。

続いてのパート1ではまず、聴解活動の特徴、例えば私たちが「目的を持って必要な情報を選別しながら聞いている」ことなどに注目しました。次に、受験レベルを知らされずにJLPTの聴解問題を聞き、聴解問題の難易度の差がどこにあるのかを考えた後でJLPTのレベル別課題遂行能力の定義を読んでみて、「聞く」素材(例えばニュース)、その速さ、聞くときの場面の違いが「難しさ」に関係していることがわかりました。

ここからパート2の「『聞く力』をどう伸ばすか」に入り、まず普段の授業の中で行っている聴解活動で ①何を、どう聞かせているか。②それは何のためか。について考えてみました。次に、習得した言語能力を測る、例えばJLPTのような試験の問題が何を測ろうとしているかに注目しました。レベルが上がるにつれ、ポイント理解にとどまらず概要理解や統合理解を求めるような出題方法へと変化していきます。

このような試験の実例として、アイルランドの中等教育修了資格試験に使われている日本語の問題をとりあげ、同じ聞き取り材料が実は普通レベルとハイレベルの試験に使われており、しかも求められているタスク内容が異なることを発見。同じ音声をそれぞれの能力に応じて聞き取ることでタスクをこなしている私たちの日常と言語能力試験との共通点がとても新鮮に感じられました。

最後のパート3では「聞く能力を養うためのポイントは?」がテーマ。「まるごと」の中から数ページを例にとり、「聞き取りマーク」がついている設問が求めているタスク内容を検討。「まるごと」が採用しているトップダウン方式が、「聞く」活動を例えば授業の導入部に使うことで、現実にある言語活動にできるだけ近いかたちで言語習得を可能にしていることが理解できました。また、ただ「聞かせる」のではなく、情報選別や予測・背景知識との照合や推測などのストラテジー(戦略)を意識した上で概要理解・ポイント理解・推測・予測などのタスク目的を組むことの重要性をあらためて認識しました。さらに、「聞く」活動と他の言語活動との結びつきを考え、「聞く」活動の前後のプレタスク・ポストタスクによる準備や整理のプロセスも忘れないように…聴解活動の指導って本当に奥が深いです!!

このように、「聞くこと」に日常的に、かつ仕事の中でも関わっている私たちが、聴解活動の方法や目的を意識しながらどのように授業に取り入れたらいいかを小グループでさまざまなタスクを通して考えることができました。また、学ぶべき内容や結論をはじめから与えてしまう講義ではなく、日本語教師が自身の言語活動を振り返ることで学習者の立場になって考え、さらに普段の授業で行っている活動にスポットをあて、「何のため」の活動なのかを自己チェックする機会が得られたセミナーの2時間半は本当に瞬く間に過ぎてしまいました。時間を忘れてしまうほど楽しく学べるセミナーを用意してくださる近藤先生、いつもありがとうございます。

ポルトガルの日本語教師の方々の気さくでフレンドリーな雰囲気やアジア研究学科長の見事な生け花、淹れたてのおいしい緑茶や中国茶にポルトガルのおいしいお菓子にも恵まれ、とても心地よく有意義なセミナーに参加することができました。

今回のセミナー開催地のポルトガル日本語教師連絡会議のみなさま、会場を提供してくださったミーニョ大学の関係者のかたがた、本当にありがとうございました。

古屋 まり子 (Castellón)