第9回APJE総会・研修会

日時: 2018年2月3日(土曜日)
場所: Hotel Via Castellana (Paseo de la Castellana 220 .28046 Madrid, España)
招聘講師:笹原宏之氏
テーマ: 「日本の漢字に対する理解とコミュニケーション」

第9回APJE総会兼研修会は2月3日の土曜日にHotel Via Castellanaにて開催されました。講師には日本の漢字研究の第一人者として知られる早稲田大学の笹原宏之先生をお迎えし、「日本の漢字に対する理解とコミュニケーション」についてお話を伺い、そのあとワークショップを行いました。

この日の総会については会員の近藤加奈子さん、講演は同じく会員の伊藤文重さん、ワークショップは同じく斉藤良江さんからの投稿記事を掲載いたします。

(デジ部執筆班)

 

 

 

2018年度 第9回 総会   (2018年 2月3日 土曜日)

11時にAPJEの加藤会長による開会の挨拶が行われました。在スペイン日本大使館の平田公使、国際交流基金マドリード日本文化センターの吉田所長からのご挨拶をいただき、APJEの更なる成長に向け、今後もご支援・ご協力いただける旨、激励のお言葉を頂戴しました。

平田公使

 

続いて報告関連です。

• 加藤会長から2018年度の定例行事の活動報告。
• APJE勉強会担当、板倉コーディネーターから「定例勉強会」と「森本ゼミ」、「漢字研究会」の紹介、報告。
• 奥田会計係より2017年度の会計報告、およびその承認。
• 加藤会長から2018年活動予定の説明。(春と秋の定例研修会、6月の第三回語劇コンクールなど)
• 高橋デジ部部長より、新ウェブサイトに関するお知らせ。(昨年度リニューアルしたAPJEサイトへのユーザー登録についての紹介)
• 鈴木裕子から2017年度のヨーロッパ日本語教師会シンポジウム参加の報告。(シンポジウムで発表された内容についてもわかりやすくダイジェスト版を紹介)
• JFMD今村さま・宮島さま・松下さまより、JFMDの活動報告

 

新役員の皆さん

 

 

APJE役員改選

2年間ご尽力いただいた役員の方々の任期終了の挨拶とともに、新役員立候補者紹介および会員による承認を行いました。

会長: 高橋水無子
副会長:林田慶子
会計: 鈴木裕子
書記:加藤さやか
Web担当:小澤陽
一般役員: 板倉法香、今枝亜紀、神原可奈美、田寺由香、松本幸

 

報告者:近藤加奈子(トレド)

 

 

笹原宏幸先生

2018年 2月3日 笹原宏幸氏講演会のコラム                 
「日本の漢字に対する理解とコミュニケーションへの応用」という難しい演題からして、お年の年季の入った方甲骨文字から入っていくのかと思っていたら、予想に反してもっと若いソフトムードの笹原宏之氏であった。

氏のお話は終始爆笑だった。下手なお笑い芸人より「笑い」がとれた。それだけではなく、本当に目から鱗が落ちた。「そーだったんだ!」「へえー!」と感嘆の喜び、発見の喜びがあった。お話のされ方はまるでスポーツ中継のようで、スピード感があった。聴講者はぼっとしていられなかった。

講義の内容は盛りたくさんだった。まず指摘されたのは、日本人は皆漢字に対して愛着をもちつつもコンプレックスも抱いてるということだ。それと、よく巷では「ことばは生きている」と言葉がひとりで育っていくみたいなことを言われるが、笹原氏は「私たちが生きさせてやっている」のが本当だとおっしゃった。「漢字は奥深い」と言って思考停止させないでほしいということだ。

日本の漢字は情緒性、宗教性のある漢字が多くある。「千と千尋の神隠し」を論理的に翻訳した例をあげて大笑いだった。

日本人の漢字への接し方のポイントは次の三点にある。ひとつ目はコノテーション(ニュアンス)を大事にする。(中国は音を大事にする)二つ目は見立てを大事にする。三つ目はストーリー性を大事にする。例えば、「風車」は「かざぐるま」と「フウシャ」、「水面」は「みなも」と「スイメン」、「さがす」は「探す」と「捜す」などを使い分ける。年齢の助詞の「歳」と「才」では前者は20歳以上の人、後者はそれより若い人に使いたいという統計があるそうだ。「スシ」と「寿司」では断然後者の方が高級感がある。中でも皆が「へえー!(笑)」と受けたのは①「タンス」②「たんす」③「箪笥」のニュアンスの違いである。①は20代の人の、②はお母さんの、③はおばあちゃんの。

日本語は文字種が多く、これらを組み合わせることにより読みやすく、読み手に配慮することになる。これは書き手の品性の表れであり、コミュニケーションをうまく取り合えることにもつながる。面白かったのは同じスペルの外国人女性名で、キャサリン(米名)とカトリーヌ(仏名)のかもし出すイメージだ。どちらの人が金髪女性かなどのイメージ合戦をした。

国訓の漢字だが、やはり日本人は自然を尊ぶ国民なので樹木名、魚名には訓読みを使う。国訓の旁には「花」や「上下」「雪」を選ぶことが多かった。

旧字体、新字体によりニュアンスが変る。良い例が「龍」と「竜」である。

書き手が字を選ぶ場合、カタカナ、平仮名、漢字、ローマ字の中から自分にあったものを選ぶだけでなく、フォントである明朝、ゴシック、ナール体からも選ぶことができる。その昔は歌舞伎の勘亭流、落語文字、相撲の力士名など、それぞれに名称があったのは驚きだ。表記の多様性のお話でもされたが、「くま」「熊」「クマ」ではイメージが変る。

若者と熟年の間でも書き表現のイメージが異なるそうだ。「がんばってネ。」は若者感覚では古臭いとか。

和製漢語「火事」「科学」「哲学」など、その時代に出現した新しい言葉を日本語で発明されたのも興味深い。私の考えだが、今のトンチンカンで本来の意味も発音も原語から離れてインテリぶって使っているカタカナ言葉よりずっと知的である。

「小人」「極小粒」など読めなくてもいいから、意味だけ感じ取ってほしいものがある。やはり日本語はニュアンスに重きをおくのである。

時代とともに新しい漢字が生まれるのはやはり日本人が使っていて「この方がいいんだ」となって生まれるのである。「電車が混む」と書くのは、なんとたった100年前というので驚きだ。それまでは「込む」であった。

日本語の文字・表記にはあまりにも多様性がある。氏が指摘されるように文字・表記そのものの要素と機能にそれを生みだす因子がある。私の想像であるが、漢字が日本にやってきた一世紀からそれが起こりはじめ、そのころから漢字に対する憧れとコンプレックスが起こっていたのであろうか。

最後にお話の中で文化庁曰く、「sa」の書き方は、2画で書く「さ」でも3画で書く「さ」でも良しとしているとか。私見だが納得がいかない。ある特定のフォントだけならいざしらず、3画で書くのが正しいとしてほしい。それから文部科学省曰く「書き順は問題視しない」ともあった。小さいころから書き方帳で何度も書かされた者として、又、その方がまさに仕上がった字がきれいに整うので、是非そのような曖昧さはやめてほしい。外国人学習者に接している先生方は学生の書き方のお粗末さに気づく。それは書き順や、「とめ、はね、はらい」を無視しているからだ。書き方の骨子が決まっていない中で、何でもありだと滅茶苦茶な字を書いても本人はそのお粗末さに気づかない学習者が増えてしまう。国民の表記法を決める上の方々にはもう少し慎重さを要求したい。これは笹原氏からも是非働きかけていただきたい。

新しい文字、言葉はどんどんできる。だが、それらがすべて後世に残るものではなく、必要なものだけのこる。それを踏まえて、教師としては若者言葉をすべて受け入れるのではなく、観察、精査し、学習者の楽しみに繋げられればよいと思う。

以上

 

伊藤文重(マドリード)

 

 

第9回スペイン日本語教師会総会兼研修会

ワークショップでは、笹原先生ご提案でグループに分かれて「象形文字リレー」と「読み書きリレー」というゲームから始まりました。双方のゲームとも題目があり、それを次の人に回し最終者まで回ったら終了というルールです。

最初の「象形文字リレー」は題目が象形文字でそれを順々に書き写していくのですが、ほぼどのグループも最終者の象形文字は原形を留めておらず、その最後に至るまでのプロセスには何変化とも言える微妙または大胆な違いが見受けられました。余談ですが、各グループの結果発表時は一同爆笑プラス爆笑で非常に楽しいゲームでした。

次の「読み書きリレー」は題目の文の漢字部分をひらがな読みにし、次の人はそのひらがな読みを漢字にする。そしてこの作業を交互に行って、最終的に出来た各グループの結果は苦笑いや含み笑いなど前述のゲームとは正反対の反応。よくよく考えると、日本の漢字には音訓読みがあり個々の捉え方によって読みも意味も違ってしまうということです。実際出題された「背黄青鸚哥が雪花菜を矢鱈に囓った。」ですが、漢字の部分をどうひらがな読みするか?そして、そのひらがな読みをどう漢字にするか?日本人でも考え込むところです。

ゲーム終了後、今日の研修を踏まえて「日本の漢字をどう教えたらいいのか」その教授法を話し合いました。例えば、「分解した漢字のパーツをパズルのように組み合わせて漢字を作る」「国字と漢字の違い当て」など手軽にゲーム感覚で漢字を教える案。また「ひらがなだけの文を作り、どこに漢字を入れるか」や漫画を使って「場面ごとの文字種やニュアンスなど表記の違いを考える」など表記感についての案。他には「学習者の名前や地名に漢字を当てる」というのもあり、音や意味も兼ねて対象物のイメージにあった漢字を探すなど色々な案が出ました。さらにレベル別によって教える内容を変えるという案では、携帯のアプリや、漢字初級者には特に難しいゲームではない「象形文字リレー」を使って、象形文字が現代の漢字に至るまでの流れや変化など、漢字のルーツのようなものをイメージさせることで興味をひき、漢字のおもしろさを知ってもらう。そして中級以上では文字感・表記感について場面ごとに紹介し、日本語社会で日常的に使われている日本語の文字表記に関心を向けさせられればいいのでは、という意見がありました。

最後に、日本の文字表記の多様性に少し驚きました。一つのことばでも文字感や表記感によってまったく別のイメージになりえるということ。教える側として敏感にこの文字感・表記感をキャッチしていこうと思います。

 

斉藤良江(マラガ)