劇作家の平田オリザ先生をお迎えしてのドラマチック日本語コミュニケーション。前半のワークショップでは、日本 語教育の現場に役立ついくつかの活動を教えて頂きました。 まず、導入として使うことのできる、声を出して仲間を見つけるゲーム。一人ひとりが好きな色、果物、誕生日、世 界の国々についてのイメージ等、テーマに沿った答えを考え、それを声に出し合いながら、同じ答えの人を探します。 2 つ目のゲームは番号カードを使ったゲーム。与えられたテーマ(例えば、趣味、会社で作っているもの等)につい て、配られたカードに書いてある数字の大小に応じて答えを決め、同じような相手、又は全く反対の相手を見つけま す。(例えば、大きい数字ほど激しい趣味、小さい数字ほどおとなしい趣味等)これらのゲームは同じ言葉を繰り返 しますし、使うフォームも決めておけば、初級者でも参加できる楽しいゲームです。 次に行ったのは台本を使った活動でした。汽車の中での 3 人の短い場面を利用して、初級者でも楽しみながら言うこ とができるセリフを練習しました。また、グループごとに分かれ、台本にセリフを加える作業もしましたが、その際、 「相手に話しかけるとしたら、どんな自分になるのか」という演劇での役作りの考え方を踏まえて、場面作りに参加 しました。どんなに簡単な言葉、文であっても、学習者のコンテキスト(context)に合わないことがあります。平 田先生からは、この作業を通して、そのずれを顕在化して、解消することが日本語教育において必要であるというこ とを助言して頂きました。 確かに、日本人ではない学習者にとって、日本人の気持ちを理解するのは難しいことです。 例えば、スペイン人なら、きっとこう言うだろうと仮定して、それぞれの学習者の中に持っているものを見つけてあ げることが大切になります。そのことを考えながら、今回のワークショップで行った活動を取り入れると良いのでは ないか、と劇作家の視点からのお話を伺いました。平田先生のユーモアを交えたお話に、終始笑いが絶えず、楽しく ワークショップに取り組むことができました。参加された先生方にとって、有意義なひと時になったことと思います。
(田寺由香)
第2部講演レポート
「日本語の変化」 ワークショップの後の講演では「日本語の変化」をテーマに、過去から現在に至るまでの日本語の変化、そして今後 日本語がどのように変化していくのか、についてお話されました。 まず、古典から現代に至るまでの日本語の特徴と して、「主語」の省略と「助詞」、「助動詞」の変化の激しさについて述べられました。日本語では敬語表現によっ て、主語が省略されていても文脈から主語が判断されやすいこと、また「助詞」、「助動詞」によっても「主語」が 判明されやすいことから、「主語」の省略が多いのではないかというご説明がありました。また、古典日本語では一 つ一つの「助詞」、「助動詞」に複数の意味が含まれていましたが、これは、和歌などの書き手、読み手となる人た ちがある一部の階級の人たちに限られていたため、「助詞」、「助動詞」に複数の意味が持たれていても、意味の推 測が比較的簡単にできたことが背景にあるのではないかとお話されました。ところが近代化と共に、あらゆる社会的 立場の人が、同一の文章を読むようになったり、また異なる社会的身分の人同士が対話をするようになり、「日本語」 を用いてのコミュニケーションの幅が広がってきました。そこで双方が相手に自分の述べたい文脈を理解してもらう ために、その曖昧さを排除するようになり、その結果「助詞」、「助動詞」の変化が起こってきたのではないかとい うご説明がありました。「ら抜き言葉」を例に出され、複数の意味を持つ同じ活用が「可能形」の場合のみに限って 「ら抜き」するのは、その曖昧さを排除しようとする現われではないかという見解を示されました。 次に「日本語の近代化」の特徴についてのお話がありました。1990 年代に入り、日本では女性の社会進出が本格的に 始まりました。女性たちが男性同様に社会で働く場面で、女性らしさを隠すために「半疑問形」を使い始め、それが 若者たちに指示をされ、現在多くの若者たちがこの「半疑問形」を用いているとのご説明がありました。また、社会 進出した女性が上司となり、男性部下を抱えるケースがさらに増えつつある今後、女性上司が部下の男性に用いる 「話し言葉」が確立され、「新しい日本語」が形成されるであろうとの見解を示されました。これまでの「日本語」 には男女の差が大きくありましたが、今後の「日本語」にはその性別による「言葉の違い」が減少されていくであろ うというコメントも付け加えられました。 さらに国際社会における今後の「日本語」についても言及されました。西 洋諸国は、異なる価値観を有する相手に自分の意見を説明する「対話型」社会であり、一方日本は、相手に自分の考 えを説明するのではなく、相手の意見と自分の意見をすり合わせていく「会話型」社会であるというご説明がありま した。国際社会では「対話型」が主流であり、日本社会のような「会話型」は少数派になりますが、今後私たち日本 人が国際社会において、自分たちの「会話型」文化について説明していくことが、日本文化を理解してもらうために も重要ではないかというご提案がありました。また、日本社会では、他者と対話する際に、冗長率が高くなる傾向が あるとのご指摘がありました。冗長率とは、文中もしくは話す内容の中に、実際に必要な情報とは直接的に関係がな い語句がどれだけ含まれているかを図る数値のことです。日本社会は他者と自分の意見をすり合わせていく「会話型」 文化を有するため、日本語で対話をする場合、この冗長率が高くなるとのことです。これまでの日本語教育では、こ の「冗長」部分にあまり目が向けられていませんでしたが、コミュニケーションのための「日本語」を考えた場合、 この「冗長」を上手にコントロールできることが大切になってくるとのお考えを示されました。 演劇は「対話」を中心に表現されていることから、演劇の台詞の中に数多く冗長な言葉が含まれているとのことです。 ですから日本語教育の現場で、演劇の台詞を活用し、「生きた日本語」を教えることができるのではないかというご 提案をされ、講演を締めくくられました。 今回の講演を拝聴し、「社会」と「言語」の深い関わりについて再認識い たしました。時代背景をわかりやすく説明されながら「言葉」の変化についてお話してくださいましたが、まさに 「言葉は生きもの」ということを深く実感いたしました。今後どのように「日本語」が変化していくのか、じっくり 観察していきたいと思います。
(EOI ア∙コルーニャ野崎美香)