第8回APJE総会兼研修会 報告2

第8回APJE研修会

異文化コミュニケーション能力とは何か?未来を創る言葉の教育をめざして

毎年2月のAPJE恒例行事、総会兼研修会。今年はアメリカ・プリンストン大学から佐藤慎司先生をお迎えして行われました。

 

Critical Thinking の根底は「愛情」

この研修会のキーワードは「クリティカルシンキング」。先生がとても大事になされている考え方というものを、研修会中ひしひしと感じた言葉。ごく当たり前なことを少し一ひねり、つまり、「クリティカルシンキング」、批判的に考える。そうするだけで、今まで見えなかったものが見えてくる、違う見方ができるようになる。研修会では「クリティカルシンキング」を通して、異文化コミュニケーション能力を参加者全員で考え、語り合いました。

 

初めに、その第一弾として、先生が問いかけられた質問、外国語学習の動機について。ごく一般的に考えられる動機としては、国家間の友好関係を築く手段として学ぶということが挙げられます。しかし、歴史的には、表ざたにはならないけれども、国同士の対立状態という条件下では外国語学習の動機は「敵国理解」という動機も考えられ、外国語学習されど、諸刃の剣なのだということを痛感させられました。また、この気づきは、参加者の一人一人に何事もクリティカルに考えるといろいろな見方を発見することができるということを実感させてくれたのではないでしょうか。

 

そして、次に、本題の「異文化コミュニケーション能力」の例について、参加者の方々と意見交換。私たちはすでに、日本という国の外で暮らしているということで、「異文化」という空間を体感しているので、比較的易しくイメージができる質問でしたが、そこをクリティカルになおかつ、具体的に、第2弾となる質問、「継承語話者とのコミュニケーションも異文化コミュニケーションか」という問いについてみなさんと話し合いました。外国だけが異文化なのではなく、個々の価値観の交わり合いがすでに異文化コミュニケーションなので、「異文化コミュニケーション」は外国人と話すことだけではないという考えが明確になりました。

 

続いて、「異文化」という定義が感覚でわかったところで、歴史的に「文化」の定義について検証。80年代は文化相対主義、つまり、文化の差異を強調する傾向があり、文化の定義が規範的で、「一国家=一文化」のように単一的だったのに対し、2000年以降は、一つの文化を規範的なものではなく、記述的・流動的、または多様性のあるあいまいなものとして捉えられるようになりました。それは、まさにCEFRの掲げる複言語・複文化主義、つまり文化を「一個人に内在する一能力」として捉える態度と重なります。

 

また、第3弾の質問として、この「異文化」を考える際、「適切」とは何か?つまり、「日本人=日本=日本語=日本文化」なのか、「言葉・文化・教育・アイデンティティとは何か」について、クリティカルシンキングを用いて、プリンストン大学に在籍する優秀な学生たちの実際のプロジェクト例をもとに検証。言葉を使って、人に、コミュニティーに、さらに、未来にどうやって関わっていくかを考えました。ここでは、セミナーのサブテーマである「未来を創る言葉の教育をめざして」の言わんとするところ、クラス活動をクラス活動で終わらせない、まさに、これこそが「言葉(外国語)の学習の醍醐味」なのではと感じさせる、様々なプロジェクトを紹介していただきました。そのプロジェクトのキーワードは「目的提示」と「ピア評価」。これはつまり、プロジェクトをただ作成するのではなく、公開を前提に常にクリティカルシンキングを用いて、プロジェクトの目的、例えば、「誰のためにするのか」、「どんなメッセージを伝えたいか」、日本語で伝えることの意義や、「自分の日本語に足りないもの・伸ばしたいものは何か」を考え、さらに「見てもらうためにはどうすればいいか」など、見る人への意識を大切にしプロジェクトを作成し、そして、それをピア評価するということです。ピア評価をすることで、相手を意識してつくったプロジェクトが意味を持ち、また、やりっぱなしにならない。自分の興味がある、好きなものを「日本語」という媒介をとおして、結び付けていく。学生たちが参加したプロジェクトを通して、日々の授業に追われて見失いがちな外国語学習の真の意味を改めて考えさせられました。

 

最後に、セミナーのキーワード「クリティカルシンキング」の根底にあるも

会場のResidencia de Estudiantes

のは「愛情」であると強調されました。未来を創る言葉の教育をめざして、私たち教師はクリティカル(批判的)になおかつ、愛情を思って生徒を包み込むような懐の深い授業をしていけるといいのかもしれません。

 

テーマ自体の定義がはっきりと境界線がひけるようなものではなく、また定義範囲が大きいだけに話が見えにくくなることもありました.が、「批判的に考える」教育を受けていない私にとっては、新たな発見もあり、大変充実したクリティカルシンキングの佐藤先生の愛情を存分に感じられた講演でした。

 

参考文献

  • 佐藤慎司・ドーア根理子(2008)『文化、ことば、教育』明石書店
  • 佐藤慎司・熊谷由理(2010)『アセスメントと日本語教育』くろしお出版
  • 佐藤慎司・熊谷由理(2013)『異文化コミュニケーションを問う』ココ出版
  • 村上春樹・柴田元幸(2000)『翻訳夜話』文春新書
  • 小栗左多里(2002)『ダーリンは外国人』メディアファクトリー

 

参考サイト

  • みかけと言葉のギャップ、アイデンティティーについて考えさせられる動画

https://youtu.be/oLt5qSm9U80

板倉法香(アリカンテ)