第6回スペイン日本語教師会シンポジウム 報告

日時:2021年6月19(土)・20日(日)
会場:オンラインZoom会議室
テーマ:「未来を創る複言語・複文化教育」
基調講演&ワークショップ講師:フックス清水美千代先生(スイス・バーゼル日本語学校)
主催:スペイン日本語教師会、国際交流基金マドリード日本文化センター
参加者数:42名
第六回シンポジウムのポスター

シンポジウム一日目は、スイス・バーゼル日本語学校のフックス清水美千代先生を講師にお迎えして、「欧州における継承日本語教育の意義と実践―複言語・複文化主義社会における継承日本語教育を考察する―」というテーマで基調講演とワークショップが行われました。欧州の歴史的背景を振り返って、欧州評議会の言語政策としての複言語・複文化主義に関するお話から始まり、CEFRの重要な理念である平和教育・民主主義教育に触れながら、複言語・複文化主義を踏襲する継承語教育実践についてお話しいただきました。

フックス清水美千代先生

また「継承語」という観点から、外国とつながりを持つ子どもたちの多様な呼び名と背景に改めて気づかされました。マクロな視点からは、継承語教育は子どもの人権保障の一環であり、子どもが社会とつながるために欠いてはならない教育機会であること、またミクロな視点からは、言語教育と子どものアイデンティティ形成は深くつながっており、また「子育て」の過程そのものが継承語教育であることを学びました。子どもの視点から、そして親の視点から、家庭内での対話を大切にし、また教師や地域との連携を深めながら進めていくべきものと感じました。またフックス先生は、継承語教育として日本語教育に携わる参加者が多い中、欧州での継承語ネットワークや各種学会・研究会、日本語教材をご紹介くださいました。

後半では、2つのワークショップを行いました。

ワークショップ① 言語ポートレートの共有

ワークショップ①では、事前課題としてPadletに提出した各参加者の言語ポートレートを全体で発表する活動を行いました。私自身、描いているときは真剣に自身の言語観と向き合うことになりました。身体の中に言語レパートリーを描き込みながら、同時に自身の過去の言語・文化経験を振り返り、また未来の「私とことば」の関係性を考える良い機会となりました。また同じ言語レパートリーに対する感覚表現や位置づけの多彩さに感銘を受け、まさに複言語・複文化に対するアウェアネスを生む実践活動だと思いました。

ワークショップ② 授業実践計画のワークショップ

ワークショップ②では、グループに分かれて「異文化間能力」をテーマとした授業実践の計画を作りました。授業実践では、「継承語教育」や「成人教育」をテーマとして、様々な異文化間体験や、言語観・アイデンティティへの気づきが生まれる活動が提案されました。これらの実践の積み重ねの先に複言語・複文化性を備えた市民が形成されていくことを考えると、大変意義深く感じます。

継承語教育は、子ども1人1人の教育であり、これが正解という一つの解は存在しないことを改めて実感しました。1人1人の教師にできることは、本当に小さいことのように感じますが、1人の子どもの成長過程にある言語教育実践が、未来を担う複言語・複文化性を備えた人間教育に繋がっていくことをいつも忘れずに実践に取り組みたいと感じます。

最後に、ご講演いただきましたフックス清水美千代先生、また企画・運営いただきましたスペイン日本語教師会の皆さまに改めてお礼申し上げます。このような素晴らしい機会をいただき、本当にありがとうございました。

迎明香(マドリード)

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 2021年6月19日(土)から20日(日)の二日間、オンラインにて第6回スペイン日本語教師会シンポジウムが開かれました。

 私自身は、イタリア在住のため、今までスペイン日本語教師会のシンポジウムに参加したことがありませんでしたが、今回はオンラインでの開催ということで参加へのハードルがぐんと下がり、またテーマが「未来を創る複言語・複文化教育」ということで、「継承語」に関わる内容が多かったため、参加してみました。

 シンポジウム一日目は、ヨーロッパの継承日本語教育をひっぱってくださっている清水フックス美千代先生の基調講演があり、普段は目の前にいる子どもたちのミクロな課題に着目するばかりでしたが、この講演を通し、継承日本語教育を家庭や教室の個々の問題としてだけではなく、社会や世界の中でどう捉えていくべきか、マクロの視点で考えるいい機会となりました。各家庭の問題と思われがちな継承日本語教育ですが、日本語推進法が成立した昨今、継承日本語教育も現地社会や日本と関わり、未来を作る子どもたちのより良い教育機会を世界規模で考えていく時代に入ったのだと実感しました。

 二日目は2つのSalaに分かれた口頭発表が続きました。私は主に「継承語」に関わる発表があるSalaを選んで入りました。中でも印象に残っているのは、YさんとNさんの発表です。Yさんの発表では、メイ(仮名)と呼ばれる日本にルーツを持つ女性の大学における日本語学習の意義をテーマにしたものでした。継承語教育は、学習者の年齢、レディネス、環境、目標等が多様なため、外国語としての日本語教育に比べるとその方法やアプローチにもいろいろな種類が必要ですが、実際は教材や研究がまだ少なく、孤軍奮闘している教師が点在している状態です。私は現在小さい子どもたちを相手にした継承語教育を行っていますが、彼らの成長のために、今何が必要なのか、次のステップのために何ができるのか、もしくは何を控えたらいいのかということを考えながら授業を組み立てています。そんな中、多様性のある継承日本語学習者の一つの例として、このような質的研究の発表を聞くことができたのは、自分の視野を広げるのに非常に役立ちました。多様な環境下に育つ継承日本語学習者たちの成長を長い目で見る必要性、継承語教育が当事者である学習者の内面的成長にとって必要不可欠であること、そして「ウチ」の言語と捉われがちな継承語を「ソト」へつなげていく意義などをこの発表を通して気づくことができました。

Nさんは、ご自身が家庭で実践されていた継承語教育について報告されており、いつのまにか前のめりになって熱心な取り組みに聞き入ってしまいました。子どもたちの学びには、知識的な学習と体験を上手に組み合わせることが大切であることを痛感しました。また、家庭でできる具体的な取り組みを提示していただけたことは、教師としても親としても、大変参考になりました。

シンポジウムの冒頭でスペイン日本語教師会板倉会長が、「継承語教育は遅れ気味のスペインですが」とおっしゃっていましたが、今年度このようなシンポジウムが開かれたことでスペインの継承日本語教育がまた大きく一歩進んでいったことは間違いありません。イタリアもその後に続いて頑張っていきたいとエネルギーを頂きました。

齋藤あずさ(イタリア・ローマ)